下北沢再開発

 仲俣さんが取り上げている(id:solar:20040506)都市計画道路補助54号線にともなう再開発計画、多分少し前にどこかで見かけてはいたのだけどこれほど大規模なものだとは知らなかった。スズナリやタウンホールの辺りだから、私が週に一回くらい車で通っては道が狭いと苛ついているあのちいさな踏切のあたりだと思う。本来あの辺りは徒歩で移動するためにできている街並であり、車で通ると単に不便で仕方がない場所なのだけれど、歩きながら見ると小さな間口の雑貨屋やカフェや飲み屋、なに屋だかわからないが楽しげにやってる店、そんなものが細々と詰まっている。輸入権じゃないが、一体ここを潰してだだっ広い道路を突っ込むことで誰が得をするんだろう。生まれるものは環七からのアクセスの良さと土建屋の仕事くらいしか浮かばないが、あの場所が車で来やすくなることにそれほど意味は見出せない。この計画を動かしている人は街を楽しみの為に歩くということをあまりなさらない方なのだろうな。
 一年前に六本木ヒルズがオープンした時に、自分の雑誌でそのニュースを取り上げると共に知人が手掛けていた目黒通りの幾つかの店やホテルのオープンのことを取り上げたことがある。ロクロクが「文化新都心」と銘打っていたところに噛み付いて、都市としての文化の育ち方はなんだろう、人が集まり出会う都市という場所で、有機的に育まれる独自のものを私は文化と呼びたい、というようなことを書いていた。その後、自分のサイトで期間限定のパビリオンみたいなハリボテを祭り上げるのは日本らしい見慣れた光景で新しさも何もない準備された廃虚だと毒づいて(笑)おりましたが、スクラップ&ビルドで加速する何かはもうその恩恵が私達の所に降りてくることは無いわけで。
 記憶の装置としての建築物、街並。ノスタルジーでいうつもりでは無く、もっと長期的な視点での価値の計測法をこの国に求めることは今だに無理なことなのだろうか。*1

*1:んあー、パワーポイントでのプレゼン大好きな国やしなぁ。と、突然飛躍しますが、視点がまるでその一点しか無いようにねじ伏せるような、というか基本的にオルタナティブなんてものが存在しないように振る舞いたがるオトナとよく仕事で出会った会社員時代を思い出して吠えてみた。資本主義だから、みたいな。ああー、うぞぞー(悪寒)。

お届けモノは突然に

pesce2004-05-06

 大量のモノが届く時は当日でいいからお知らせが入るようにできないものなんだろうか。出かけようとした瞬間に自分が一人まるまれば入るような箱が届くとかしたら遅刻するじゃないか。いやそれくらいの時間の余裕は持って準備をしなさいということなのかもしれませんが。書いてる間があったら出かけろ私。