バナナ

 なんといっても衝撃的だったのは帰国してからだった。空港から正午前に自宅に到着して昼ご飯をどうしようかと目に入った自宅数軒隣の「てんぷら・松林」が地元住民談、意外と美味しいとのこと、で入店決意。和食だし、揚げ物は重いけどまあいいか、軽い気持ちだった。定食屋くらいの店構えで引き戸をあけると舌の回らないおばあちゃんがカウンターに案内してくれる。カウンターに立ってるメニューボードから一番気軽そうな天丼を頼んで、ついでに夕方まで間があるのでビールを頼みつまみに単品の雲丹の天麩羅と酢の物。突き出しの小鉢も美味しいし、まあ期待できるかな、そう思って見遣った揚げ職人の親爺さんの背後に貼ってあるお品書きと並んだはり紙に目が止まった。「てんぷら松林は、みなさまにおいしいてんぷらとバナナを召し上がっていただくために日々精進しております。」
 バナナ。
 続きを読む。「バナナは、シュガースポットと呼ばれる黒い小さな斑点(マジック書きに拠る色付き図解、バナナの絵)があるものが甘く美味しく熟しています。でも、もし忙しくて足りなくなったら、青くてゴメンなさい。」
 周りを見渡した。誰か、誰か突っ込んで。それか私の突っ込みを受け止めて。
 無駄でした。マジでした。おばあちゃんはお茶を運び、親爺さんは天麩羅を揚げ、隣で真面目そうな銀縁眼鏡のおじさまがバナナの房を取り分けている。メニューを恐る恐る見遣ると各定食またはコースメニューの全ての最後尾に「・・・小鉢、バナナ」との記述が。天麩羅屋が、天麩羅と同列扱いでバナナと記述している、しかもこのはり紙ははっきりいってバナナがメイン。おばあちゃんが盆を運んでくる。
「はい、おビール(タンブラーなので「お」ビール)」
「はい、雲丹天」
「はい、天丼」
「はい、酢の物」
「はい、バナナ」
 天麩羅を塩で頂きビールを空け、天丼をいただき、酢の物をつまみ、
バナナを剥く。
 勘定を済ませ、ついにドアを閉めるまで、誰からの突っ込みももらえなかった時、どの異国にいる時よりも深く強い孤独を感じたのはいう迄もない。一人で入店したことを本気で後悔しました、なんていうんかな、共有できない経験の悲しみ? 預言者のあれ?(マチガイ) 突っ込みって大事だなって思いました。うちから数件隣なのでいつか証拠写真をアップします。信じてください。誰か私を励ましてください。天麩羅は、美味しかったです。