Arles

pesce2004-07-08

 コペンハーゲンからロンドン・スタンステッド空港でeasy jetよりRyan Airに乗り換え、一路南仏はプロヴァンスニーム空港へ。乗り継ぎ便は一転してヴァカンス客一色になり、またここまでのドイツ系言語からフランス語、イタリア語まじりのラテン系に。空港に降り立つとラベンダーに囲まれて、全般的に素朴な風が南の島の空港みたいだなー、と惚けていたら、えーいきなし両替所がありません。電車の駅がありません(一番近いニーム駅からはアルルに向う線がない。アヴィニヨンまで行くか回り込むかなんだけど数時間かかる)バスもありません、えー? で、タクシー乗り場。一台もいなーい。えー? インフォメーションセンターに人がいない。結局捜しまわって、タクシーを呼ぶ、タクシー来る、一言も英語が通じません。フランス語は単語のみなので「オテル・メルキュールアルル」「ビュロー・ドゥシャンジュ」「セ・コンビャン」「メルシ」以上でなんとか両替えしてホテルまで辿り着く。"exchange"も"How much?"も通じない、つう。観光地タクシーだと思ってなめてました。
 昨日から開始されているアルル国際写真フェスティバルは、ゴッホゆかりのアルル中心街でスタートしておりともかくプレスセンターにいきパスを受け取り人を探すが会えず。主要な展覧会場やイベントスペースを日が落ちるまでにチェックして、日の落ちる21:30ごろから夜のイベント会場となる古代劇場に行く・・・が、日が落ちて急激に気温の下がった石造りのローマ遺跡に耐え切れずホテルに戻り寝てしまう。ネット接続できず、ホテル備え付けのマックは日本語表示不可(もちろんダウンロード権限がないのでインストールもできず)でメールも読めず。まあまだ表示されるだけましで、もっと厳しいと日本語フォントが一文字でも混じっていたら一切画面表示無しで真白というのが今までで一番、きつい環境だったかと。だから英語でホットメールのアカウントも取っておいたのだけど、再三の注意にもかかわらずサブジェクトに日本語入れてくるアホが!(笑) まあまだ文字化けするだけの環境で良かった。とはいえ、有料だしキーボード配列が主要なところが違うため打つのに時間がかかりほぼ、誰から来ているのかをアドレスから推測することに終始する。そしてふと見ると携帯電話がネットワーク圏外、やったね連絡手段ないぜ! 状況的にはフォーマ発売年のフジロック以来かな(都内出た瞬間から圏外)。諦めて、展覧会の隙間などは闘牛場やゴッホ関連などを見たりこの際だからとホテルの行き来は遠回りのローヌ河沿いを歩いてロマネスク系建造物*1を眺めて過ごす。
 エスパスヴァンゴッホで開催中の川内倫子さん(今回招待写真家)の展示は、自分の前の雑誌で連載中だったものもかなり含まれているので不思議な感じがする。なんだかんだいって、彼女の表現の繊細さや「ムード」みたいな部分はしっくりきてしまう。正直、抵抗あったんだけど(笑)、特にここ海外の西欧の表現方法のマッチョさやコンセプチュアルさの押し出しに塗れて辿り着くと余計にしみるというか。撮影対象物自体に語らせるのだけれど、引っ張りだしたり晒したりせずにそれが染み出てくるまでほうっておく、その手伝いを写真でしているようなそんな感じ。

*1:そんなアルルにもマクドナルドはある。イタリアやデンマークでは黒とか茶色に変色して紛れこんだりされていたのだけど、アルルでは砂色のローマ時代建造物の中に隠れている。譲歩と同化に見せ掛けた勢力増大搾取拡大はある意味キリスト教