仕事相手の七割が風邪をひいている今日

 ダイアリーの書き込み用画面がデザイン変わって、いきなり書き込み辛くなりました。人間の行動の九割は惰性でできています。なんかキレイになった部屋の隅っこに丸くなって唸っている動物の気分で落ち着かない。
 さて、月曜日に名古屋から戻ったその足でいった女子医大にて検査のために何も食べれずそのまま夕方五時半まで放置されておりましたら、見事に流行りの風邪を拾ってきました。と、いいますか検査服の薄着のまま放っておかれたり、エコー診断でおなかにゼリーを塗られそのまま先生がどこか行く→がん冷え。など虐待を喰らって食事も朝からとっていないのですから体力も落ちますていうの。

 さて、仕事関係が書けない事だらけなので脇において近況といいますか、机の脇にしまう場所を失ったCUTiE創刊号から一年分('89-90)、中綴じのスタジオボイス萩尾望都の古いエッセイ本、光琳社から出ていた雑誌群、A6版型時期のDictionaryなどが積もっていて時代がわからなくなりそうです、というか90年代だと思い込みそうです。社会人になってから入手したものが手の届く範囲にない。仕事絡みの雑誌と領収書の束しか(確定申告、なんてものがありますねそういえば)。これでは環境が悪すぎるのでもっと未来を見て生きていきたいと思います。
 個人的には引越さないともう無理と思ってから一年半以上経ちつつも、最近は神宮前のこのあたりの最期を看取ろうかという気持ちも生まれつつ。人生の中で一番長く住んでいる行政区にもそろそろなるし、自分の業界的にいろいろ伝説めいた場所が多い土地柄ゆえ思い入れもあるわけで。静かな街並みのあちらこちらに点在するそれらは、陽が落ちると浮かび上がる星のようでもある。昼の光の中でそれらは取り壊されのっぺりとしたオフィスビルやマンションに変わるわけで、いくらばかげていると思えど彼らにとって見えないものは存在しないとみなされるわけで。
 そういえばバカナルのあったパレフランスは年が明けたある日、影も形もなくなった。明治通り沿いにあったあのカフェの賑わいは遂に工事現場となって、店のクローズの頃に聞いた話がそのままならここにはサクラヤが入るビルが建つそう。街の新陳代謝が悪い事だとは考えないのだけれども、資本の原理で暮らしているからといって、そこを発想の限界とするのはあまりに貧困ではないかと。

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 そういえば、今日でダイアリー開始一年だった。早いものですね、色々な事がありました。