大竹伸朗さんトーク@ABC&宮永愛子art egg@資生堂ギャラリー

金沢でお会いしてた新潮社の田中樹里さんが
ご担当した単行本が二冊連続して発行&トーク・サイン会。
第一弾は先週の杉本博司『現な像』、そして今週は
大竹伸朗さんの『見えない音、聴こえない絵』だった。
共に『新潮』連載。
『見えない音、聴こえない絵』大竹伸朗(新潮社)
本の帯には「画家の 遠景・全景・近景。」とあるが、もちろんこれは
2006年にMOT全フロアを使った『全景 1955-2006』から来ているだろう、
それぞれのエッセイにはその章ごとの近景や遠景が入れ替わり立ち現れれる。
聞き手は、『新潮』編集長・矢野優さん。大竹さんとの付き合いは、矢野さんが
京都で学生だった20年ほど前まで遡るのだそう。

二人して『見え/聴こ』Tシャツで登場。一般販売しているのですか? 聞きそびれた。
それぞれのエッセイについてを掘り下げたり、そこから縦横無尽に発展しては戻る、
大竹さんの話題を矢野さんがまとめ、時に翻訳(笑)しつつ進む。
大竹さんiPodからのBGMが会場に流れていて、おかげでエッセイのひとつ
『トランスうどん玉エクスプレス』登場のうどん玉おやじとクラフトワークの曲のセットに、
BGMでかかっていたデヴィッド・ボウイのスターマンが絡まって記憶に埋め込まれる。
これは困るじゃないか。

終了後に、青学沿いの焼酎屋で打ち上げ。矢野さんの背中に『見え』


夜、SNSでやっている東京在住の関西人コミュニティが立ち上げ時の予想や
目的を大幅に超えて5000人オーバーになり新年会を開催。キャンセル待ちもでるけれど
キャパ的に50〜60名程度に制限している。仕事以降でしか私を知らない人は
意外がるけれどそういった場を取り持つ役をやってしまうほうなのです。
あと人を引き合わせること。このコミュニティは荒れることもなく
世の関西的ないいイメージの部分が前面に出ている、と手前味噌ながら思う。


さて夕方にバタバタと前述宮永愛子さんの展覧会を覗く。
ナフタリンで成形される日常的なものたちが時間と共に気化して
その姿を変えていく、無機的な腐敗のように崩れて溶けていく。
銀座の地下にある会場の、細い柱を井戸に見立て、更に多くの
パイプが過去そこにあった井戸の水脈を吸い上げていくという会場構成。
白い細い円柱の所々にアクリルの窓から作品が展示され輝いている。
どこかかぐや姫のようだ。中にあるのは既に崩れ始めている、瓶やトカゲや
蓮の葉、流木、など。会期は2月1日までだけれど、それまでにまだ
この作品たちは変化を続けていくとのこと。

会場パンフより。2007年『貴族的なピエロ』の一ヶ月の間の変化。
なにかを”作る”際のひとつの軸として”時間”また、作られたものの
及ぼす効果としての”記憶”については自分の仕事に関しても意識するものだ。
美しく消えゆくベンヤミンの「新しい天使」たちのようなこの作品とベクトルは違えど。